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2007年6月17日 (日曜日)

優しい経済学を

僕は現在の物質至上主義的資本主義経済に疑問を抱く人間の一人である。

この社会においては「豊かさ」はお金で測られてしまう。人々が「豊か」になるためには、消費が増加しなければならない。功利主義的になる個々の企業は人々に自社製品を購入してもらうために、あの手この手を使って消費者を購買へと衝き動かす。そうして消費は膨れ上がっていく。

しかし、こうして消費を限界目指して増やしていくと、様々な問題が発生してくる。企業は労働者をそれまで以上に働かせ、原材料やエネルギーもそれまで以上に使うようになるだろう。こうして資源枯渇の問題、効率化の結果としての都市問題、環境問題、産業構造変化に伴う食糧問題、個人と地域との関係希薄化、労働時間の増加、QOLの欠如、格差問題・・・と国内外を問わず我々は数えきれない程の問題を抱える羽目になっている。

これは既存の経済学に「身の丈に合わせる」という概念とか、企業や個人の倫理なき暴走を食い止める根本的手段とかがなかったり、費用と便益で全てを説明しつくそうとしたり、「豊かさ」の定義があまりに表面的だったりするところがいけないのではないか。

「限界効用革命」以降延線されてきた経済学のレールの正当性に疑問を抱かない経済学者はいかがなものだろう。

経済学は我々をどこに連れて行こうというのだろうか。僕は、このまま進んでいくと終着地は破滅という名の駅だと思う。「経国済民」を謳う経済学に人類は滅ぼされるのではなかろうか。今こそレールを乗り換える為のポイントが必要だ。いわば「優しい経済学」・「善の経済学」を僕は求めている。

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