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2007年6月 2日 (土曜日)

物質社会の構造的欠陥と人類の破滅

 我々人類はどこへ向かっているのか皆目わからない。

 産業革命、あるいは近代資本主義の勃興以来、我々は欺瞞に満ちた蟻地獄に捕われ、未だに抜け出せずにいる。そして、この事が現代に幾つもの顕著な歪みを生みだし、我々の生存を脅かしている。数十年前に先見の明ある賢人の発した警告も、理解はされたが状況を大きく変える事はなかった。動きだしたうねりに逆らうということは、これほど難しいのだろうか。

 我々は生まれた頃から物質社会の洗礼を受け、この呪縛からは逃れられそうもない。しかし、この物質社会こそが我々を堕落させるばかりか自滅へと追いやる禁断の果実であった。

 物質社会は近代資本主義の賜と言って間違いあるまいが、近代資本主義社会における大量生産・大量消費構造が現代の苦難を招いたのである。

 マクロ経済学の父ケインズは「消費は美徳」と言ったが、これこそがこの社会の問題を指し示すヒントとなる。そう、消費は美徳とされ、豊かさを測る基準として、GDPやGNPがいつのまにか絶対視され(本来は次善策でしかない)、際限なく膨れ上がる消費に応じて人々の労働時間は長くなり、労働効率化が進んで人々から創造的精神を奪い、人口は過剰に集中して都市問題を引き起こし、様々な有限資源を子孫に遺す努力を怠り消耗した挙げ句、温暖化問題でそのしっぺ返しを食らっている。

 これが本当に「豊かな社会」と呼べる代物か。

 資本主義経済自体は悪いシステムではないかもしれないが、運営中に社会が誤った方向へ進みだしても、それを止める手だてが基本的に存在しない。それが市場というシステムだからだ。

 いよいよ現行の資本主義にも内部変革が求められている事がこれから明らかだ。新たな基軸(例えば精神的豊かさを巧く経済に組み込むなど)が導入されるなり、何らかのモデルチェンジが欠かせないと僕は考えている。今までの経済学が現代の問題の根本的解決に貢献していない事を見れば、言い過ぎではない事が理解されよう。

 問題は我々が新たな社会を構築出来るかどうかだが・・・、これは神のみぞ知るところである。だが、実現出来なければ人類は滅亡するしかあるまい。

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