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2007年5月10日 (木曜日)

安倍総理の中東訪問からの思考的飛躍

 安倍総理は就任1年目にして中東訪問を行った。

 先日読んだ(読みきってはいないけど)「小泉官邸秘録」によると、総理の海外訪問は全て外務省が手配しお膳立てするらしい。官邸が強力にプッシュでもしない限り、総理の意向はあまり反映されないものらしい。

 実際、小泉総理時代も中東歴訪を小泉総理は早くから望んでいたらしいが、実現したのは在任期間の最後の年だった。

 その意味で、今回安倍総理がこの早い時期に中東を訪れたというのは、非常に外交的な意義が大きいといっていいだろう。日本の戦略を読む上でも重要だ。

 報道でもなされているように、この訪問は日本のエネルギー戦略を見据えた性格を持っている事は明らかだ。

 しかし、僕はここで一抹の疑念を抱かざるを得ない。エネルギー源として石油を確保するというのが日本の戦略の要諦だというのは理解できなくもない。しかし、これは石油中心のエネルギー利用から脱却出来ていないという事の裏返しでしかない。日本は代替エネルギーへの乗り換えもあまり進んでいるとはいえない。しかも、世界的には例えば代替エネルギーたるバイオエタノールの生産の為に食糧生産にしわ寄せが来ている。

 日本や世界は自己中心的な堂々巡りをしているだけではないのか。

 そもそも、資本主義下の大量生産・大量消費社会において、持続可能な生活は不可能ではなかろうか。

 今僕たちが使っているのは先人たちが残した地球の資産だ。逆に言えば、子孫のために残すべき財産を食いつぶしていることにもなる。

 我々はここで「進歩」や「豊かさ」の定義を考えなおさなければならないのではなかろうか。

 人類は、道具を作り、機械化を推し進め、大量生産・大量消費社会を築き上げた。しかし、我々が「未開人」と呼ぶ人達と比べると、この「進歩」がまやかしのように思えてくる。

 自由時間という観点から見れば、我々は彼らよりもずっと自由に使える時間が少ないというのだ。資本主義という縄に縛られて、無駄にモノを造り続け、必要以上に消費し続けるが為に労働時間は飛躍的に伸びてしまった。「カローシ」が国際語になるほどに。モノの豊かさを追い求めすぎて、精神的豊かさをなおざりにしてはいまいか。

 ここで我々人類は、既存の資本主義に変革をもたらさなければならないのではないか。人類の生存のためにも、これは危急のことのように思えてしまう。例えば、地球温暖化にしても、資源の枯渇の問題にしても、既存のイデオロギーでは根本的解決は不可能だと思う。

 中東を訪問して、我が国はまだ石油消費にどっぷり浸かりながら物質的豊かさという淡い夢を見続ける、ということの保障を取り付けたかもしれない(成功したかどうかはわからない)。

 しかし、こんなことを続けていては、人類の発展はおろか、生存も覚束ないだろう。こうしたことを熟慮し、真剣に議論しなければならない。

↓参考文献

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著者:飯島 勲
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