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2007年2月22日 (木曜日)

PROMSを見て感じたこと

 先日、NHK教育テレビの「芸術劇場」でイギリスで行われる世界最大のクラシック音楽祭、PROMS(プロムス)の最終夜のハイライトが放送されていた。(プロムスについてはwikipediaに詳細明記。この日の曲目等についてはNHK芸術劇場公式ページ内の2007年2月18日の音楽の放送内容へ。)

 恥ずかしながらこの音楽祭のことは全く知らなかったのだが、なんと、このイベントは100を超える会場で行われるという破天荒な規模のもの。メイン会場はビートルズの歌詞にも登場するロイヤルアルバートホール。確かにこれを埋めるのは大変だと思えるほど天井も高く、広い広い会場が音楽を楽しもうという幅広い層の観客で一杯になっていた。その他の会場も映る場面があったが、そこもたくさんのエキサイトした観客で埋め尽くされていた。

 なかなか異色のクラシックコンサートだと感じた。オーケストラが演奏しているというのに、観客は立ち上がってリズムに合わせて膝を曲げ伸ばしたり、曲に合わせてラッパを鳴らしたり。このイベントは音楽を楽しもうとする気持ちさえあればいいようだ。指揮者や演奏者もこういう観客を歓迎している様子。なんというか、会場にとても強いグルーヴ感がある、素晴らしい音楽祭だ。

 

 単純に音楽だけでも楽しめたのだが、僕の心に強烈な印象と感動を与えたことがある。それがこの記事の本題だ。

 音楽祭もいよいよクライマックスというところで、やってきました、イギリスを代表する作曲家・エルガーの行進曲「威風堂々」。ちなみにこれは以前紹介したように僕の大好きな一曲。

 実はこの曲には歌詞も付いていて(詳細はwikipediaで)、観客達は演奏に合わせて「希望と栄光の国」の大合唱を始めた。続くイギリスの事実上の国歌"GOD SAVE THE QUEEN(KING)"(歌詞など詳細はやはりwikipediaで)もまた全員で大合唱。この光景が僕を刺戟した。

 「希望と栄光の国」は帝国主義華やかなりし頃に作詞されたようで、国家を称えつつも、その版図拡大を謳う部分が、現代に生きる僕には少なからざる抵抗があった。しかしながら、「希望と栄光の国」、"GOD SAVE THE QUEEN(KING)"は共に国家を称え、国王を称え、自国の安寧と栄光を願う歌詞であり、荘厳で、勇ましく、威厳をもった曲調とも相まって、僕にはいたく感動的であった。

 そこに集った様々な層の人間全員が全く素直な気持ちから「神よ女王(国王)を守りたまへ」とか「君(女王)に勝利を幸を栄光をたまはせ、御世の長からむことを」と歌っているのだ(和訳の出典はwikipediaの前述の「女王陛下万歳」〈GOD SAVE THE QUEEN(KING)〉欄)。僕は感涙してしまった。

 いやはや何ということだろう。こういったことが日本で起こりうるだろうか。確かにサッカー日本代表の試合などでサポーターが「君が代」歌っていることもある。学校行事などで歌うこともある。けれど、心から自然と湧き出るように「君が代」を歌う人がいるだろうか。その歌詞の意味を正しく理解している日本人はどれほどいようか。

 日本の皇室は現イギリス王室よりも圧倒的に長い歴史を持つにも拘らず、共にその存在は国家のシンボルであり国民統合のシンボルであるにも拘らず、日本とイギリスとの間にこれほどの違いがあって良いのだろうか。僕は悲しくてならない。最近では、天皇不要論を唱える若者や(昔からいたのだろうけれども)、天皇や皇室に最低限の敬意を払うことの出来ない人、ましてや意図的にこれを侮蔑する知識人もいる。僕は大して右派的人間ではないことをここで断っておくけれど、国家として日本を見たとき、その芯となるべきである国民の統一感が薄れてきているのは紛れもない事実ではないだろうか。

 全体主義に陥った戦前あるいは戦中の一時期の教育は恐るべき愚挙であったけれど、国民の思想教育は国家としてきわめて重要だと思う。アメリカなどは、自虐史観などほとんど見られない歴史教育、建国の偉人たちの偉業の数々、星条旗への愛着などの教育が義務教育課程で徹底的に行われていると聞く。これは北朝鮮での話ではない。かのアメリカでの話だ。思想教育というのは国家の統合には必要なことだ。「人種のるつぼ」などと評されるアメリカでは全く当然のごとくこれが不可欠で、国を思う心が国民一人一人にないとあの国は空中分解するのは目に見えている。日本も戦前・戦中の反動で思想教育やそれに準ずることが行われなくなっているが、いいかげん見直すべきである。現在、この国の将来のエリート層で、憂国の志を持つ士はもはや圧倒的に少数である。いわんや、将来の準知識階級ともいえる層も同じくである。さらに、実は歴史的に見ても国家の危急存亡のときの救国の士が準エリート、準々エリートから出ているという事実が、今の日本の実態を実に悲観視させてしまう。その意味では、愛国心をめぐる先の教育改革の方向性は全く間違っていなかった。国民に愛国心のない国に、どうして栄光があろうか。問題は技術的な側面のみだ。

 先日の私的な理想の教育プランに関する記事では、「国民をつくる」作業はもう終えていると書いたが、このコンサートを見た今、精神教育は常に必要であることを痛感している。道州制の議論の中で、教育まで全て地方に丸投げしてしまおうとする動きもあるが、これは大間違いだと思う。やはり、歴史など、国民精神教育は国家が責任をもって監督すべきで、そうでなければ、日本の行く末は暗いものになるかもしれない。

 

 「君が代」も悪くないが、もっと勇ましく歌えるような準国歌のような愛唱歌が生まれないものだろうか。他国のコンサートを見ての感動を、自国で我が身をもって感じてみたいものだ。 

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コメント

 このブログを拝見したころから少し気になっていたのですが、管理人様は日本の戦後歴史教育についてどういった感想をお持ちでいらっしゃいますか?よろしければお聞かせください。それと、したの記事で鳩の写真がありましたが、これって鴨川ですか!?

投稿: 匿名希望 | 2007年2月23日 (金曜日) 17時19分

 コメントありがとうございます。返事が遅れてすみません。最近パソコンに触れない生活が続いているもので。
 まずはじめに。件の川は鴨川ではありません。近所にある、鳩が大量発生する川の写真です。あなたはもしかして京都の方ですか? ちなみに僕は京都は大好きです。去年の夏も京都観光に一人で行きました。鴨川も何度か見たことありますが、あんなに大きくてきれいな川ではないです。

 戦後教育の感想ですか・・・。改めて聞かれると答えに窮するのですが、これまでのこのブログの記事から何となく伝わっているのではないかと思います。
 歴史教育というのはなかなか難しいものだと思います。自虐過ぎてもいけないし、過去を礼賛しすぎるのもどうかと思いますしね。そのあたりのバランスがとても難しい。しかし、この歴史教育、あるいは精神教育というのは国家の統一に不可欠であることは間違いないと考えています。
 ここまで断った上で、日本の戦後歴史教育について鑑みますと、非常に公平なものだったと思います。過去を非常に客観視している。いや、しすぎている。第三者的立場が強すぎて、どこか他人事というか、そこから自分達のルーツを見出せない。そんな感じがします。
 どの本だったか忘れましたが、最近読んだ本の中に、「歴史教育と歴史研究は別物」というような言葉がありました。つまり、義務教育課程での歴史教育というのは、「国民をつくる」という趣旨のもとに行われるものだから、国民統一に寄与するのであれば歴史を偏った視点で教えてもかまわない。真の歴史は各々が義務教育を終えてから個々に学べばそれでよいというものです。
 戦後教育に慣らされた現在の日本人にはこの考えが受け入れがたいものであるかもしれませんが、僕は今の日本が何となくもやっとした国民の集合体であるに過ぎないような気がしていますから、歴史教育の転換が必要なのではないかなと考えています。

 最後に僕から伺いますが、いつごろから当ブログをご覧いただいているのでしょうか?

投稿: SIR-5 | 2007年2月26日 (月曜日) 15時58分

 いつ頃からでしょうかね・・。最初に見たのは11月頃かもしれません。はじめに情報が何もない状態で文章を少し拝見させていただいた時に、京大生のブログかなと勝手に推測していたら、たまたま当たったので、それ以来思いだした頃に拝見させていただいています。
 自分も、国という概念で論理的に考えた時は転換がすぐにでも必要だと思いますが、管理人さんの表現をお借りすると「もやっとした集合体」のままの方が良いのかもしれないと心の隅で思ったりしています。いずれにしても、自虐的な要素が強すぎるので、二つの歴史認識を教えるならばしっかりと並べて教えるなりの方法を取って欲しいと思います(それはそれでまた難しい問題がでてくるのですが・・)。

投稿: 匿名希望 | 2007年2月26日 (月曜日) 22時12分

 コメントありがとうございます。どうやら「在京」という言葉が誤解を生んでいるようなので、念のためにお断りしておくと、僕は現在関東在住です。もちろん京大生ではありませんので悪しからず。
 長い間ご覧下さりありがとうございます。これからもコメントお待ちしています。

投稿: SIR-5 | 2007年2月28日 (水曜日) 09時20分

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