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2006年12月21日 (木曜日)

マスコミについて

 こちらの記事に関してRig様から以下のコメントが寄せられました。

おひさしぶりです。先日は詳細なコメントを頂きとても嬉しかったです。

 今回の問題について私は全く無知なので多くは言えませんが、一点申し上げたいと思ったことが有りました。それは「重要法案の国民への公表」のやり方についてです。
 現代の日本では、マスコミが世論を形成するのに重要な役割を果たしていると言われます。今回の安倍総理の「伏兵」作戦とも言われかねないやり方では自民党の公表のやり方も問われるべきですが、私はむしろ世論形成の一端を担うマスコミこそ責任を問われるべきだと思います。情報の取捨選択や、積極的情報入手などが必要とされる時代ではありますが、マスコミにはそれを積極的に国民に知らせていこうという姿勢が必要なように思えます。自民党に食い下がればこのことを隠してはおけなかったことでしょうし、これを情報社会の先端にいた人々は知っていただろうと思います。もしかすると、そのような人々が何らかの利害で敢えて広く伝えようとしなかったのでは、と邪推してしまいます。私は自民党にもマスコミ、というよりも日本のジャーナリズムに少し不信感を抱いています。

 

 僕は早速コメントの返事を書いたのですが、思いのほか長い文章になってしまったので、ここに記事として掲載します。後から読み返してみると、勢いに任せて書いたためかRig様のコメントの趣旨とはかなりずれてしまったかもしれませんが、そこは御容赦願います。

 

 久しぶりのコメントありがとうございます。最近なかなかコメントをお寄せ下さる方がいらっしゃらないので寂しかったところです。
 
 マスコミのことに興味がおありでしたら、お暇なときにそういったことに関する書籍を読んでみてはいかがでしょう。僕が先日ブログ内でご紹介した「メディア危機」でもいいかもしれません。

 テレビに限っていえば、テレビ局は視聴率が取れるような内容・レベルで報道しますから、報道がとても感情的なものであったり、情報が偏ったりすることは常に有り得る事です。現に国民受けが良かったり、当たり障りがないものの報道が横行しています。しかしそれは我々国民に合わせて作られているわけですから、結局のところテレビ報道がおかしくなるのも国民の責任によるところが大きいのではないでしょうか(何か陰で圧力が加えられているときは勿論別ですよ)。どこのテレビ局も同じような内容を同じような切り口で報道しているのを見ればそれもお分かりになると思います。余談ですが、アメリカのテレビ界はケーブル放送なので、数多くのテレビ局が乱立し争っていて、ある層をピンポイントに狙った独自性のある報道が比較的しやすいというのをどこかで読んだ記憶があります。まあ、あの国の報道も問題が色々あると思いますが。この間のイラク戦争がいい例です。

 それから、テレビは新聞とは違って、視覚・聴覚に対し大量の情報を一方的に送りつけてくるため、見る人に情報に関して熟慮する暇をあたえず、そのまま鵜呑みにさせてしまうことも大きな問題でしょう。そういう意味では新聞の方が情報を消費する側にとっては比較的安全といえると思います。自分のペースで読めますから。しかし、最近では若者の新聞離れが進んでいます(今週授業でやりました)。ですから、いわば準知識階級の卵みたいな人たちや、低知識層の主たる情報源はテレビやインターネットということになります。インターネットも、新聞に比べて情報を探すことがおっくうであるため、実際に知る情報は限られてきますよね。自分の興味のある範囲だけ少し見てみるだけとか。だからインターネットも一概に良いとは言えません。その上、最近ではニュースを見ない人すら増えているといいます。(そういえば、僕が高3の頃、同じ文系アッパークラスに「派閥」を知らない人がいて、開いた口がふさがらないほど驚愕したことを思い出します。)

 基礎知識が欠けている人が増えたとき、でたらめな論理を報道することで世論を誘導することはいとも簡単でありましょう。マスコミが危機というよりも、国民サイドが危機的水準に達しつつあるのかもしれません。

 そういえば、先週の放送大学で、欧米では教育現場で積極的にメディア・リテラシーを教えているというのをやっていました。調査結果によると、日本の子供達はテレビ世界と現実をごっちゃにしているそうです(バラエティーに出てくるキャラクターが現実に実在するなどなど)。これは日本人がテレビ創成期からテレビをポジティブに受け入れてきたからだそうです。「テレビを疑わない」これが日本人の幼い頃からの姿勢になっているのです。これに対して、これからの教育で必要となってくるのは「まずは疑ってかかれ」という姿勢のメディア・リテラシー教育です。まだまだ教材やカリキュラムなどができていないそうで、研究途上なのですが、テレビ以外のメディアに接するときでも必ず必要なスキルであることは間違いありません。 

 とにかく、マスコミが変わるためには国民が変わる必要があるというのが今のところの僕の見解です。クオリティーの高い報道を求める声が大多数ならば、その声に応えて何らかの形で実現してくれる団体・企業も出てくることでしょう。最近の動きを例にとれば、「オー・マイ・ニュース」の取り組みが挙げられると思います。僕は見ていませんが。でもそういった試みは歓迎しています。もっともっとマス・メディアが真剣に取り組んでくれるように我々もレベルアップしていきましょう。

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コメント

再びコメントありがとうございます。

 マスコミを選ぶのは国民であり、その質は国民の質によって決まる。そのとおりだと思います。国民に必要なものを放映するとしても営利団体である以上は利益を求めるのは当然のことです。SIR-5様の仰るように、まず考えるべきは道具の質の向上ではなく使い手の質の向上なのかもしれません。
 貪欲に情報を集め真実を求める姿勢持てば、それに応じて社会も変わっていく。このことを私たちは肝に銘じておくべきかもしれませんね。


 あと、もう一つ余談ですが・・・公務員の地位というのは一つのジャパニーズドリームであると私は思っています。「頑張ってなれば豊かではなくとも普通の生活が安心して営める。」このことが公務員をして魅力的な職業にしているのではないでしょうか。誠実に努力すれば必ず報われる。それがある意味保証されているこの制度は、運や要領で生きているのではなく真面目に生きている人間をきちんと評価するすばらしい制度だと思うのです。明らかに異常な中央官庁の公務員の給料は別として、地方公務員の給料は増額されこそすれ、減額されるいわれはないように思えます。
 努力すれば報われるという日本人らしいこの「中流の夢」を壊すような改革は日本人の特長である「真面目さ・勤勉さ・誠実さ」を潰すようなものではないでしょうか?いかが思われますか?
 

投稿: Rig | 2006年12月21日 (木曜日) 19時32分

 コメントありがうございます。
 公務員の給与や保障に関する改革に対する僕の見解は、このブログの中でも数回述べてきております。過去の主な記事欄の「公務員を軽んずるべからず」や「安倍総理とは感性が合わない」あたりを読んで頂ければ幸いです。
 僕はRig様と同じく、給与削減などの方向性は反対です。公務員の質が格段に下がるのは目に見えています。国家公務員にしても、優秀な人材を確保したいのであれば、安易に給与を削減すべきではないでしょう。

投稿: SIR-5 | 2006年12月22日 (金曜日) 12時24分

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