« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »

2006年8月31日 (木曜日)

24時間テレビに価値はあるか

 今年もやっていました24時間テレビ。毎回思うのは、この番組に果たして意味があるのかということです。いや、意味がないことはないでしょう。全国各地から多くの募金を集める集金力は流石です。しかし、ここでは敢えて、本当の意味でこの番組を続ける意味があるのか問いたいと思います。

 

 疑問① 年1回というペースは妥当か?

 果たしてこの頻度が本当にいいのかわかりません。24時間テレビといえば、やっていることは毎回同じ事。しかも、長時間にわたって障害というテーマを取り上げます。目を向けるべき事ではありますが、どうしてもその重さ故に飽きが来るのではないでしょうか。そのような意味で、パラリンピックに合わせて4年に1度程度でもよいかもしれません。

 

 疑問② 24時間続けるのは妥当か?

 24時間というのはやはり長丁場。有意義な企画があったとしても、時間が余ってしまいます。その合間を埋めるために、どうでもいいような(趣旨が不明確な)企画を挟むので、全体としてのクオリティーが下がっている感が否めません。また、深夜の時間帯になると、そこで行われているのは24時間テレビの趣旨とはかけ離れているようなバラエティーです。しかも、近年ではまれに見る低俗さ。これが同じ「24時間テレビ」という冠で放送されているのですから、日本テレビはどこまで本気なのか解しかねます。いっそのこと、深夜は番組を中断しても良いと思うのです。正当なる思いで番組を観ている人はこの時間には少ないでしょうし、このことが番組自体にマイナスになるとは考えられません。24時間貫徹にこだわることはないと思うのです。

 

 疑問③ 100㎞マラソンをする意味はあるのか?

 多くの人がこの点に疑問を持たれていることでしょう。私も同感です。何のためのマラソンなのか、全くもって意味不明です。確かに、100㎞を走りきるというのは凄いことです。しかし、この企画は番組全体に対してもいえることですが、つくられた感動の押し売りになってはいる気がして、どうも胡散臭いのです。マラソンランナーに抜擢される人は、依頼されるのであって、自ら率先して志願したわけではありません。その上、ランナーが芸能人(もしくはそれに準ずる人)であるため、我々視聴者は、もはやあのマラソンをその人が仕事で走っているという印象しか残りません。そんなマラソンを続ける意味はあるのかはなはだ疑問です。

 

 疑問④ 募金の使途の説明責任を果たしているか?

 今年は番組終了間際の時点の集計で3億円近くのお金が集まっていました。高校の生徒会時代に募金活動経験がある僕としては、思わずため息が漏れてしまったほどです。しかし、問題はここからで、募金を集めた者にはその後説明責任が残ります。マスメディアであるテレビ局なら尚更です。果たして、日本テレビはこの責任を果たしているでしょうか。僕はテレビという媒体を扱っている企業にしてはまだまだ不十分だと思います。日本テレビが全体として番組の趣旨と彼らの責任に対する自覚が欠如しているような気がしてなりません。

 

 疑問⑤ 募金をした側は募金をするだけでいいのか?

 募金というのはお金を渡した時点で完結するものではなく、その後そのお金が正当に使われたかをチェックしていく必要があります。日本テレビ側がこの辺の説明にルーズなのも、募金した側からのプレッシャーが掛かっていないからではないでしょうか。そもそも、自己の気持ちを満足させるためだけに募金する人が少なくない気がします。そこに相手への真心がこもっていないと全く意味がありません。「募金」と「徴収」は違うのです。

 

 疑問⑥ つくられた感動の垂れ流しではないのか?

 この番組の根本的な問題です。これは視聴者それぞれの感覚の問題ですが、個人的には、この番組で取り扱うどんな企画もどんなエピソードも日本テレビが感動を「狙った」ものであるように感じます。そのため、進んで観る気が起きません。何となくウンザリしてしまうのです。

 

 24時間テレビは問題を多く抱える番組のように思えてなりません。1度放送しない年をつくってみて、本当に我々にとって必要な番組かどうかじっくり検討してみたらどうでしょうか。今年観た後の感想としては、サライを歌う最後の10分間だけで十分なような気がしました。あの歌のおかげであの番組はもっているのでしょう。   

Banner2_6

(↑ランキングに参加しています!)

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2006年8月30日 (水曜日)

黒澤映画には敵わない

七人の侍 DVD 七人の侍

販売元:東宝
発売日:2002/10/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 黒澤監督の傑作「七人の侍」をレンタルして観ました。観るのは2回目です。1回目は「用心棒」を観た後だったので、三船敏郎の菊千代のキャラクターには少し抵抗感がありましたが、2回目となるとそうでもありませんでした。

 やっぱり、大作だけあって長いんですよね。DVDで2枚、合計して4時間近くありました。途中で暗転し大きな「休憩」の文字が出て、緩やかな音楽が流れると1枚目は終了です。スクリーン上映時にはこんな風に休憩時間を挟んだんだなとなにやら感慨深くなってしまいます。

 それにしても黒澤監督の時代劇を観た後は他の時代劇物を観る気が起きません。あのダイナミックな映像、深い人間描写、荒々しい殺陣・・・。

 それに比べて、現代の物のなんと脆弱なことか。

 昔のハイクオリティーな文化への期待は、僕の趣味とも繋がっています。

(←ランキングに参加しています!)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

実家パソコン復活?

 今日のパソコンはとってもご機嫌のようで、正常に立ち上がりました。

 また壊れるかもしれないので油断できませんが・・・。

 自分でパソコンを買うときはSO●Y製は買うまいと思いました。

(←ランキングに参加しています!)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

告知:実家パソコン大乱調

 このところ更新ができませんでした。すみません。

 それというのも、実家のパソコンが壊れ気味なのです。windowsがなかなか正常に立ち上がらず、立ち上がっても操作中にすぐ終了してしまうのです。

 今回は奇跡的にブログにアクセスするまでもってくれました。

 東京に帰るまでは、更新はなかなか難しかろうと思いますので、どうぞご容赦下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月20日 (日曜日)

エネルギー消費大国アメリカの実態を垣間見た

 今日付の日本経済新聞を見て、思わず腹が立ってしまいました。

 今夏、米国各地で停電が相次ぎ、その中でも特に、記録的な熱波が襲ったニューヨーク市は深刻だったそうです。

 原因は10本近い送電線が同時に利用不能になったため。何故そうなったかは判明していませんが、一般的な見方は同市の電力使用量は過去10年間で約2割増加、今年も過去最高を更新しているからというもの。そこfで、市当局と電力会社は市民に節電を呼びかけたそうです。

 自然環境保護団体もサイトで身近な節電方法を紹介しました。その一例。「冷房を使うときは窓をきちんと閉める」

 ここまで読んで呆れ果ててしまいました。そんなことは日本人には常識ではないですか。アメリカ人はそんなことまで言われないとできないのかと憤慨しました。

 その自然保護団体の広報担当の話。「米国は今まで光熱費が安く、省エネ意識がなかった。」 

 なるほど。省エネ意識が欠如しているというのはさっきの一例からもよくわかりました。京都議定書から平気で脱退したのも頷けます。莫大なエネルギー消費によってGDPが高いとまで揶揄される所以も納得できるような気がします。しかし、エネルギー消費大国であるアメリカ抜きにはエネルギー消費削減や地球温暖化の防止も無理なのも事実です。アメリカ人にはより一層の自覚が必要だと思います。

(←ランキングに参加しています!)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月19日 (土曜日)

剣道時代の思ひ出

 最近、Yahoo!動画でアニメ「るろうに剣心」が配信されているが、このアニメで思い出されるのは剣道時代の仲間(同級生)のTである。僕の周りの仲間は「るろ剣」が好きな人が多かった。よく、ふざけて「るろ剣」の技を竹刀や木刀で繰り出す真似をして戯れた。だがその中でも、Tは別格だった。

 自分の世界に入ってしまったTを止めることは、僕には不可能であった。止められるのは先生・先輩・同学年のリーダーK君くらいだった。

 ある時は学校の掃除時間に、またある時は部活の休憩時間に、またある時は帰り際に、ホウキや竹刀や木刀を片手に切り込んでくるのである(自分の口で「ドュフュッ」等の効果音も付ける)。勿論、接触時には手加減もするし、当てずに真似だけの時もある。しかし、しょっちゅう狙われるのは困った物で、毎度毎度、回避しようと逃げまどったものである。

 しかし、彼の執念はそんなことでは砕けない。どこまでも追いかけて、相手にヒットさせるまで、自分の興に満足するまで終わることはない。彼が誇らしげにポーズをとり技名を叫ぶとき、悪夢の逃亡劇の幕開けである。力尽きるまで走るのだ。建物の内外を問わず、彼から放たれた技は誘導ミサイルのように目標をつけまわす(要はTが刀を片手に追ってくるのである)。

 牙突(がとつ)、牙突零式(がとつぜろしき)辺りから始まり、興奮してくると、龍槌閃(りゅうついせん)、九頭龍閃(くずりゅうせん)、天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)など、最高度のレベルの技をいとも簡単に頻発する。アニメの中では、そんなことはあり得ない。Tよ、どこでそんな技を体得してきたのだ! 走り回りながらそんな技を繰り出すのはやめてくれ!建物が崩壊してしまう! お前に体力の限界はないのか!? 天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)を何度も何度も休みなく発動させるな! 奥義ってモンはしょっちゅう見せたら奥義じゃないだろ。それと、牙突(がとつ)はやめてくれ。そのポーズで追いかけ回されると、接触時にホントに怪我しそうだ。

 技と共に巻きあがる粉塵や移動音なども自ら擬音語で再現する(「ヒュン」「シュッ」「lドゥフッ」等はもはやお家芸である)。

 

 追記すると、彼は本気で二重の極み(ふたえのきわみ)や、三重の極み(さんじゅうのきわみ)を研究して身に付けようとしていた。よく胴を付けた腹部にこの技を掛けられた物である。

 

 何が彼をあれほどまでに駆り立てたのか、大人になった彼に聞いてみたい。

 

 なんだかんだあったが、Tは面白い奴だった。

  

るろうに剣心―明治剣客浪漫譚 (巻之1) Book るろうに剣心―明治剣客浪漫譚 (巻之1)

著者:和月 伸宏
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

(ランキングに参加しています!)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月15日 (火曜日)

ここにもアナトー色素

 この間、久々に鰻を食べたのです。鹿児島産の。やはり、中国での養殖ものは安いけれど怪しいですから。鰻は国内産に限るというものです。ところが、そこまでは良かったものの、買って帰ってきた後、パッケージの裏の表示を見てビックリです。出ました「アナトー色素」。そこにもいたのかお前!! しばらくショックから立ち直れない僕・・・。油断も隙もあったものではありません。鰻のタレに入ってるカラメル色素は諦めるものの(入ってないタレはスーパーになかったから)、これは悔やまれて仕様がありませんでした。高い買い物でしたし好物なので渋々食べましたが。。。そんな色付けなんて誰も望んでません!!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年8月12日 (土曜日)

8月9日を終えての再考察②

 核兵器について考え直してみました。

 まず、核兵器は善か悪かを考えてみますと、できることなら存在してほしくなかった代物です。前の記事でも述べましたが。

 では、核兵器を廃絶させることは可能なのでしょうか。既に何万発も製造されているうえ、人間に科学力がある限り廃絶は不可能でしょう。既に手にしている強力な力を失うようなことをする国があるとは思えません。数を減らすことは可能でしょうが。

 では、ここで核兵器による国際政治学上の「バランス・オブ・パワー(力の均衡)」という考えも考慮してみましょう。いわゆる冷戦下では、アメリカとソ連が突出して核兵器を保有し、核抑止力によって世界の秩序を安定させていました。日本もまた、アメリカの「核の傘」の下に入ることで、防衛上かなり有益であったと思います。もはや、人類が手にした核の力は人類世界の安定には切り離せない存在になったといえます。しかし、現在では国際体制(NPT)外の国が核開発を行って核兵器を保有するようになりました。限られた保有国に対抗する意味合いもあるからでしょう。これからも、連鎖的に核兵器を持つ国は広がるかもしれません。しかし、これは大変危険です。国内的にも国際的にも不安定である国が核を保有することほど恐ろしいことはありません。いつ暴発するかわかりませんから。しかし、ここまでは通常の「バランス・オブ・パワー」論がなんとか通じます。現在・将来的に大きな問題はテロリストなどの、領土を持たない組織が核兵器を保有する危険性が高まっていることです。領土を持たない命懸けの相手に対して核抑止力が有効かは疑問です。現代では、核が必要であるという部分と、核が存在することで生まれる危険の2つが並び立っていることがわかります。

 そこでこれから重要なのは、「核兵器を持たせない」ではなく「使わせない」社会の実現だと思います。これには国際的な情勢の安定から始まり、全世界的世論の喚起や、徹底的な監視・制裁体制の実現が必要となるでしょう。今のNPTやIAEAの体制のままではいけないと思います。もっと強力な仕掛けがいるでしょう。新条約や権限強化が無難な案でしょうか・・・。妙案とは思えませんが。いつまでも国連頼りというのも、頼りない話ですね。国際的世論を動かすのは、教育やメディアやNGOの役割です。世界中で8月に核兵器について考えてほしいです。学校で教えたり、メディアで特集したり、NGOが啓蒙したりして。主眼としては平和学習というのではなく、核兵器の脅威・被害の実態についてのみ扱うがいいでしょう。「戦争をしてはいけない」ではなく「いつ如何なる場合においても核兵器だけは使ってはいけない」。この理由は、個人的な考えとして、平和主義者が増えることが本当に良いことなのかわからないからです。核兵器が人類の手に余る代物であると認識してもらうだけで十分です。

Banner2_6

(↑ランキングに参加しています!) 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年8月11日 (金曜日)

8月9日を終えての再考察①

 原爆をただの巨大爆弾だと誤解している人がいてほしくありません。ある人はその著書の中で、(空襲でも後遺症があるため)原爆と東京大空襲は同じようなものだと思う、苦しまずに一瞬で死ねるから原爆の方がマシだともと書いていました。僕はそれを読んだ後、何度も考えましたが、現在の考えでは、そうではないと思います。

 兵器とは、戦争状態が終結した後において禍を振りかざすものであってはなりません。その意味で、地雷であるとか、不発弾などというものが忌避されるのは当然でしょう。核兵器の脅威は、前挙のものとは違い、放射能は黙視できず、それが人体に恐るべき悪魔を植え付けていくということです。被爆者はいつ如何なる症状が出るかもわからず、その子供達へ魔の手が迫ることもあります。放射能は遺伝子へダメージを与えるのですね。また放射能だけではなく、強力な熱線も後々まで後遺症を残します。

 また、原爆という代物は、我々人類の科学力の粋ではありますが、我々はこの恐るべき存在によって我々自身を悪魔のしもべとしてしまいました。もはやこの兵器の前では、戦場での1対1の命のやり取りが美しくも感じられます。何世紀も前ならば相手の命を奪うとき、必ずその実感が各々の体と心に刻み込まれるでしょう。ボタン一つで可能な実感なき大量殺戮ほど惨たらしいことはありません・・・。後世のためにもならないでしょう。

 今や、兵器は我々の能力を超える域に達しています。鎧兜を着て、刀や槍や矢で生々しく戦っていた時代が懐かしいものです。

 人類は遠くない将来、持て余した「力」によって滅び去るのかもしれません。むしろ、その方が良いような気もします。61年前に、来るところまで来てしまったのですから。

Banner2_6

(↑ランキングに参加しています!) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 9日 (水曜日)

長崎原爆の日

 核兵器が地上から無くなることはないでしょう。しかし、使わないでいることはできます。これには、国際的な法規制や、テロリストや危険な国家の手にに渡らないことも重要です。しかし、現在この点に関しては危険水域にあります・・・。人間が人間である限り、恒久的平和は幻想でしかありません。実際、人間の歴史で戦いのない世紀はないはずです。天下太平の時代を謳歌した島国日本は誠に希有な存在で、世界の国々は多種多様な火種があるのが自然な状態だったのです。曖昧な概念である「平和」に対して、国際的に温度差があるのもこのためなのでしょう。ともあれ、世界中の人達が少しでも幸せに暮らせる時代を構築していくために数限りない方策を打ち出さねばならないというのが、新世紀に生きる定めを負った私達の使命のように感じます。

 改めまして、犠牲者のご冥福をお祈りいたします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月 8日 (火曜日)

東京裁判

 最近、東京裁判を、勝った側の論理によって一方的に裁かれた裁判だとして否定する人が様々なメディアの場に登場しています。僕は彼らに対して懐疑的な念を抱かずにはいられません。

 東京裁判を否定するということは、現在の日本の国際的地位を否定することとほぼ同義だといえます。なぜなら、この東京裁判を下敷きにしてサンフランシスコ講和条約締結や日中国交正常化が成されたからです。東京裁判を無下にすれば、時代の歯車は終戦直後まで遡り、我々は世界で国際法上孤立するも同然です。

 そもそも、その時代の先人達が、異議はあったかもしれませんが、この判決を受け入れて新たな時代の国際関係を確立させようという英断を行ってくれたわけです。それを戦後60年も経った今に生きる我々が、先人達の想いの上にあぐらを掻いているにも関わらず、その思いを踏みにじるようなことをして許されるのでしょうか。

 このような自己否定的な考えを声高に主張する人の多くは、否定した先のことまで考えてはいません。日本人としてのプライドが満たされさえすればそれで満足といった人達のように思います。自己否定のその先には、当然新たな国際関係上のプランを練っていなければならないはずです。大概の人にとって、このあたりは無策です。サンフランシスコ平和条約や日中平和友好条約を破棄して、新たに講和条約を結ぼうとでもいうのでしょうか。そのような無責任極まりない人は、この問題に関して考えを主張する資格などないと考えます。

Banner2_6

(↑ランキングに参加しています!) 

| | コメント (6) | トラックバック (2)

告知

 例によって例のごとくテンプレートを変更しました。今度はスペースでございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 6日 (日曜日)

インターハイ 剣道で感嘆

 インターハイが京都であってますね。我が過去の遺物と化そうとしている剣道競技に目をやると、目を見張ってしまいます。なななんと、女子の個人では長崎の原口選手が優勝しているではありませんか。ただただ感嘆。男子個人でも、なかなかの好成績ではないですか。長崎の選手は面識がある人が多いので、他人事のように思えないんですよね。頑張って結果を残している姿を見ると、つくづく感心してしまいます。あ~、自分はかつてあの中に身を投じていたんだよなぁ・・・。今では良き思い出でしかありません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年8月 5日 (土曜日)

いよいよ人口減少社会到来

 政府の発表によると、日本の人口が減少に転じたとのこと。いよいよ多くの人々が危惧する人口減少社会に突入したようです。しかし、僕はそこまで悲観視してはいません。日本の持てる力を巧く使いこなすことができれば、事態を打破できると信じたいと思います。また、人が減れば社会インフラに余裕ができて住みよくなるかもしれません。そもそもこの狭い国土に対して人口が多すぎた感があります。そのために固有の美しい自然は次々と破壊され開発が進められてきました。人口が減ろうとも、それがどうしたというのでしょうか。我が国は必ずしも経済大国で在り続ける必要はないのです。その時々の身の丈にあった経済力で十分ではないでしょうか。一人あたりの経済力が維持できれば、国全体としての経済力が多少衰退しようと問題ありません。年金や保険等は制度設計をやり直す必要があるでしょうが、働くことに喜びを見いだすことのできる民族である日本人は一生現役になろうとも何とかやっていけることと思います。とにもかくにも、日本が自身の強みと弱みを正確に把握し、強みを最大限に生かしていかなければならないことは確かです。加えて、食糧自給が100%自前で行われるようになれば最高です。鎖国しても生きていけますからね。

 日本の将来を悲観視する論調が横行していますが、これに反論する書籍を紹介します。この著者の本はどれも読みやすいですよ。しかも、頭に染みついた「常識」をきれいに洗い落としてくるのでお薦めです。

「人口減少」で日本は繁栄する―22世紀へつなぐ国家の道 Book 「人口減少」で日本は繁栄する―22世紀へつなぐ国家の道

著者:日下 公人
販売元:祥伝社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Banner2_6

(↑ランキングに参加しています!) 

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2006年8月 4日 (金曜日)

Yahoo!動画は改善を図れ

 Yahoo!動画ではポールの最近のライブ映像を配信していますが、観たくても全然観られません。いつも混雑していて繋がらないからです。Yahoo!にはどうにかしてこの問題を解決していただきたいです。一刻も早く!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Paul McCartney 最高

ポール・イズ・ライブ DVD ポール・イズ・ライブ

販売元:ハピネット・ピクチャーズ
発売日:2003/11/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 GyaOで配信中のライブ映像を見ました。やっぱりこの人は違います。この人の持つ数々の名曲を繰り出せば、あらゆる人が楽しめることは必至ですから。2002年の来日公演の時には中学校の文化祭をサボって(生徒会長だったのに)東京まで行ってライブを観たことがありますが、この人の曲が持つエネルギーというのは普遍的に人々を感動させることができるのです。僕はこの人を心から尊敬してやみません。

 '93年のポールは'02年よりもエネルギッシュに見えました。まだリンダも健在でした。その意味で、この映像の価値はやはり高いといえるでしょう。How cool he is!!

 個人的には"PAPERBACK WRITER"が始まった瞬間、感極まってしまいました。嬉しいことこの上なしでございます。

 この映像をより楽しむために、事前にポールのアルバム"OFF THE GROUND"をお聴きになることをお勧めいたします。このライブの直前に発売されたこのアルバムの曲が多く演奏されているからです。聴くのと聴かないのでは、視聴後の満足感がかなり違うと思いますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

GyaOよ ありがとう

 なんと、GyaOでポール・マッカートニーの1993年のライブ映像(約1時間30分)を配信中です。この情報を知ったとき思わず声を上げてしまいました。GyaOには感謝感謝です。夏限定なので観たい方はお早めに!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »